狐の子を殺し仇なされた話
どんな伝承か
豊田金右衛門が大阪へ上る途中、箱根で駕籠をかいた人足の右手の指が皆くっついてしまっているのを見て理由を尋ねたところ、傍にいた者が語った。その人足の父はかつて百姓で、まだ乳飲み子だったこの人足を残し畑に出て狐の子を捕らえて打ち殺した。ところがその夜、赤子が突然泣き叫んだので駆けつけると囲炉裏の中に投げ込まれており、幸い全身は焼けずに済んだものの、片輪になってしまったのだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・1948年(昭和23年))
『科学的教養』は、小泉丹が昭和二十三年に春秋社から刊行した、科学的なものの見方を説く評論である。精確さ・合理性・実証の面から科学的と非科学的の違いを論じ、河童の記録や呪いの効き目、『耳袋』の怪異談、狐憑き、幽霊・化物屋敷、人魂・鬼火・怪火を例に、日本人のものの考え方を検討する。昭和十七年に書いた前版を戦後に改稿したもので、序と起序に続く七章から成り、旧稿の終わりの二章を除いたと序に記す。