九十七日出続けた先妻の亡霊
どんな伝承か
明治維新より前、松江の北田町に住む旧藩の役人佐野幹衛は、八束郡美保関の代官所に勤めていた。ある日近くの小路で博徒の喧嘩があり、臨月の新妻キワは塀の内側の荒神の松によじ登って見物したが、その夜から病みつき十日余りで死んだ。後妻タネを迎えて夫婦仲が睦まじくなると、キワの霊が毎晩、火の玉や生前の姿で現れた。幹衛が隠岐へ出張した夜には妹シゲ子も死に際そのままの姿を見た。祈禱も効かず、出雲の祈禱師が封じるまで九十七日続いた。最後にキワはタネの夢に立ち、荒神に憑かれて迷っていたと告げ、後妻は男児を産んだ。
原典より
初めに火の粉のやうな細い火が一つ、室外から襖のたてつけの間隙から潜り込んで来て、パッと大きい火玉になるが、その大きさは茶腕ほどのことあり、圓盆ほどの大きさのこともある。—— 心霊不滅(岡田建文・岡田建文・心霊研究・1940年(昭和15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊不滅(岡田建文・岡田建文・心霊研究・1940年(昭和15年))
『心霊不滅』は、岡田建文が著し、昭和十五年に大阪の国民書院が発行した心霊研究書である。人の心霊は肉体の死後も存続するという立場から、神道の神霊の垂示を引きつつ、心霊の本質と「化精」、遠感と魂の遊離、生霊、二重体、交霊術と霊媒、霊感筆記、幽霊写真などの物理現象、幽霊の出現を論じる。序説と七章からなり、第三・四・五・七章に「例一」「例二」と番号を付けた事例を並べ、今昔物語の説話、江戸から昭和の国内の見聞、欧米の報告を挙げる。