九段の堀で足を引く小児の手
どんな伝承か
文政のはじめ、神田小川町に屋敷を構える旗本室賀山城守の中間が、雨の降る闇夜に九段の井慶堀のほとりを通りかかった。水面から自分の名を呼ぶ声がして目を凝らすと、闇の中に小児が上半身を出して手招きしている。気づけば足を引かれ、力の限り泳ごうとしても次第に引き込まれていく。しかも水が粘りついて手足が動かない。必死に氏神の八幡宮を念じたところ、どこからともなく水に噛みつけという声が二度聞こえた。その通りにすると粘りが解け、体が軽くなって岸へ泳ぎ着けたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・1927年(昭和2年))
『動物界霊異誌』は、岡田建文(蒼溟)が昭和二年に著し、郷土研究社から出した動物怪異の記録集である。二十余年にわたって集めた体験や同志の報告から、動物にまつわる怪異の事例を選び、山陰地方を中心とする明治・大正の見聞と、近世の随筆に見える記事を収める。蝦蟇・猫・河童・狐・狸と貉・外道(人狐)・蛇などの動物ごとに、解説・事例・古人の記述の順に並べ、心霊の立場からの考察を加える。