朝堂院の中庭に十日余り棲んだ野狐
どんな伝承か
『日本後紀』によると、大同三年八月、野狐が朝堂院の中庭に穴を掘り、そこにいつも棲みついていた。十日あまり経つと姿を見せなくなったという。著者は、狐が鳴いたり人前に現れたりすることは当時は不吉の兆しとされていたらしいとして、日本書紀・続日本紀・日本紀略・三代実録などから狐の出現を記した記事を年の順に並べており、これはその一つである。
原典より
大同三年八月乙丑、野狐窟朝堂院中庭常棲焉。經十餘日而不見—— 動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年))
『動物妖怪譚』は、日野巌が大正六年に筆を起こし、大正十一年の跋と大正十五年の再記を添えて著した伝説の動物の研究書である。鬼・天狗・河童・人魚・雪女・龍・雷獣・狐・狸・獏・鯰・猫など二十六の項目を立て、記紀や万葉集から近世の随筆までの記事を原文の引用ごと示して起源と変遷をたどり、動物学の知識で正体を考える。總論で起原・歴史的変遷・分類などを論じ、結論では迷信から科学へ近づくことを説いて閉じる。