待賢門前で死人を喰う女鬼
どんな伝承か
天徳二年の記録には、疫病や飢饉、強盗の横行など不穏な出来事が続いたことが記されている。閏七月九日には一人の狂った女が現れ、待賢門の前で死人の頭を取って食べたという。その後も、諸門の前に倒れ伏している病人が生きたまま食われることがしばしば起こり、世の人々はこれを女鬼と呼んだ。この年は春から夏にかけて飢饉と疫病が広がり、相撲の節会でも音楽が奏されなかったとある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の妖怪(早川純夫・早川純夫・妖怪史・1973年(昭和48年))
『日本の妖怪』は、早川純夫が一九七三年(昭和四十八年)に著した妖怪史の読み物である。『出雲風土記』『日本書紀』から『日本霊異記』『今昔物語』、江戸の『新著聞集』などの随筆までの古典に記された妖異を、かかわりのある実在の人物や事件とともに古代から近世へ時代順にたどる。全八章で、引用は意訳を交えて『』でくくり、仏教談や霊験談、地方の民話はおおむね除き、第七章には江戸の見聞録から選んだ二十話を並べる。