宴の途中で座を抜ける聟の喰い逃げ
どんな伝承か
奥多摩の小留浦では、祝言の日の朝早く、聟が世話人や親代わりの者ら三人から七人の奇数の組を作って嫁の家へ迎えに行った。座がととのうと聟は嫁の両親と親子の盃を交わす。ところがその盃がすむと、宴のさなかであるのに聟だけがひとり、誰に挨拶するでもなくそっと座を抜け、先に自分の家へ帰ってしまう。その去り方が無銭飲食に似ているというので、土地では聟の喰い逃げと呼んだ。由来が忘れられた今では気恥ずかしい役回りで、うっかり忘れている聟に、まだ喰い逃げをしないのかと周りが声をかけることもあったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊魂観の系譜――歴史民俗学の視点(桜井徳太郎・桜井徳太郎・歴史民俗学・昭和(民俗学))
民俗学者・桜井徳太郎『霊魂観の系譜―歴史民俗学の視点』。日本民俗学を歴史研究と結びつける歴史民俗学の方法を提唱し、古代から現代に至る日本人の霊魂観を追究する。I『民俗学と歴史研究』では日本民俗学の宿命・対象・方法と歴史研究との関係を論じ、II『歴史民俗学の構想』では柳田国男の重出立証法を批判・克服し、奥多摩小河内村の婚姻習俗(朝聟入り型・承認権)を作業例に郷土の民俗像の史的復元を試みる。