巫女の託宣で祀られた道真の怨霊
どんな伝承か
早良親王と並んで、劣らぬ霊威を発揮したのは菅原道真の怨霊である。藤原時平の讒訴にあって大宰府に左遷され、幽居のうちに悶死した道真の霊威はあまりに著名で、多くを語る必要もない。ただこの場合に見落としてならないのは、右京七条二坊に住む巫女の多治比文子に託宣があり、それによって霊祠が建てられたと伝えることで、神と人との媒介的役割を果たすシャーマンの活躍を重視しなければならない。日本の怨霊観に基づいて御霊信仰が発生し成長した一例である。
原典より
ただこの場合は、右京七条二坊に住む巫女の多治比文子に託宣があって霊祠が建てられたというから、神と人との媒介的役割を果すシャーマンの活躍を重視しなければならない。—— 霊魂観の系譜――歴史民俗学の視点(桜井徳太郎・桜井徳太郎・歴史民俗学・1977年(昭和52年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊魂観の系譜――歴史民俗学の視点(桜井徳太郎・桜井徳太郎・歴史民俗学・1977年(昭和52年))
『霊魂観の系譜――歴史民俗学の視点』は、桜井徳太郎が一九七七年(昭和五十二年)に著し、筑摩書房から刊行した論文集である。昭和三十二年から五十年にかけて学会誌や雑誌、新聞に発表した論考を収め、民俗学と歴史研究の関係、郷土の民俗像の史的復元、古代のシャマニズムと憑霊、呪いの人形、怨霊から御霊への死霊観を論じる。後半で折口信夫の巫女観と柳田国男の祖先観を検討し、巻末にあとがきと初稿発表覚書を付す。