大石凝真素美の神宮炎上予言
どんな伝承か
美濃で過激な言動を重ねていた言霊学者の大石凝真素美は、明治二十二年、伊勢の皇太神宮と、完成したばかりの国会議事堂がともに炎上すると予言し、政府筋へ警告書を送った。その火は、神道を形だけのものにし霊的なものを閉じ込める国家への神の怒りだという。議事堂は明治二十四年、伊勢神宮は明治三十一年に実際に火災に遭ったとされ、治安当局は、近江八幡の霊山・太郎坊山で修行していた大石凝と弟子たちに放火の疑いをかけ、山上の茶屋に足止めした。疑いは晴れたが、彼はこの炎上を帝国崩壊の前触れだと重ねて予言した。
原典より
明治二十二(一八八九)年、大石凝真素美は伊勢の皇太神宮と、完成したばかりの国会議事堂の炎上を予言して、政府筋に警告書を送る。—— 出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元)
『出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相』は、武田崇元が著した、大本の出口王仁三郎の予言をめぐる解説書である。開祖出口ナオの神憑かりと王仁三郎の生涯をたどりつつ、日露戦争から太平洋戦争・敗戦に至る予言や、発禁とされた予言詩『瑞能神歌』、『霊界物語』の記述を取り上げる。予言と二度の大本弾圧を軸に歴史との符合を論じ、秘章で入蒙や出生をめぐる謎を扱い、巻末に年譜を付す。