出口清吉の不審な戦死通知
どんな伝承か
出口清吉は明治五年、ナオの次男として生まれ、徴兵で東京の近衛師団に入隊した。明治二十七年に日清戦争が勃発し、翌年台湾が日本領となると、清吉も一兵卒として加わっていた。台北平定後の十一月、どこからともなく清吉が戦死したという噂が綾部に広がる。軍に問うと部隊に戦死者はないと答えるが、一年たっても清吉は帰らず、やがて「骨を取りに来い」との通知が来て弔慰金まで支払われた。だがナオが神に伺うと、お筆先はきまって「清吉は死んでおらんぞよ」と答えたという。清吉は海葬されたとの噂もあり、生存説は教団の秘められた伝説となった。
原典より
軍に問い合わせると、清吉の部隊に戦死者は一人もいないとの回答がくるが、にもかかわらず一年経っても清吉は帰ってこない。—— 出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元)
『出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相』は、武田崇元が著した、大本の出口王仁三郎の予言をめぐる解説書である。開祖出口ナオの神憑かりと王仁三郎の生涯をたどりつつ、日露戦争から太平洋戦争・敗戦に至る予言や、発禁とされた予言詩『瑞能神歌』、『霊界物語』の記述を取り上げる。予言と二度の大本弾圧を軸に歴史との符合を論じ、秘章で入蒙や出生をめぐる謎を扱い、巻末に年譜を付す。