溺れた子の幻を見続けた母
どんな伝承か
山梨県南都留郡下吉田町のある青年が、友だちと富士山麓の湖で泳いで溺れた。すぐ引き上げて手当てをしたが間に合わず、それでも不思議に身体は生きているように暖かかった。駆けつけた母親は死体を一晩抱いて寝た。翌日もまだ暖かみが残っていたので、母親は埋葬をひどく嫌がった。その夜、母親の姿が見えず大騒ぎになり、墓地へ行くと泣きながら墓を掘り返している。ボコの泣き声が聞こえるといって掘り続けるので、棺の蓋を取って覗かせると、死体はまだ暖かかった。以後も夜ごと墓地で土に耳を当てて泣き、ある日は浜にうずくまり、波の上に立つ死んだ子が見えると言い張った。その母親はまもなく死んだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
河童・天狗・妖怪――民俗随筆(武田静澄・武田静澄・民俗随筆・1956年(昭和31年))
『河童・天狗・妖怪――民俗随筆』は、武田静澄が昭和三十一年に著した民俗随筆である。天狗と神かくし、河童、座敷わらし、山の神と山の妖怪、狐狸とつきもの、水辺や海の亡霊、死霊と御霊などをめぐる伝承を、『今昔物語』などの古典の説話と各地の民俗の事例から集めて語る。短い見出しを立てた小文を連ねる形をとり、神かくしにあう心理や幻覚、お化けの心理にも触れて、妖怪を信じる心のはたらきを考える。