数珠に折伏された大堤の大蛇
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どんな伝承か
小夜姫は止々井の大堤に着き、堤の辺に柳の柱を四本立て、青龍・白虎・朱雀・玄武の旗を翻し、壇に上って北に向かい神床を飾った。鐘や螺貝、楽器の音の中で巳の刻を待つと、空はにわかに曇り、沼の中から青い鱗の大蛇が角を振り立てて現れる。姫は少しも驚かず大慈経を転読し、数珠を幾度も大蛇の頭に打ちかけた。すると大蛇は角が欠け牙が落ち、身を震わせて折伏した。里人はその骨角を拾い、大堤の北の傍に埋めて大塚を築き、そこを蝮蛇塚とも大塚とも呼ぶ。四本の柱の跡には蛇王権現が祀られていると伝わる。
原典より
程なく小夜姫止々井の大堤に着玉ひ、堤の辺に柳の柱を四本立、青龍・白虎・朱雀・玄武の神旗を翻し檀上に上り、北に向ひ神床を飾り半鐘金載を打鳴し、女螺男螺を吹立楽器を奏し、巳の刻遅しと待受玉ひば、天俄にかき曇り黒雲四方に棚引て…—— 胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗))
岩手県胆沢町の伝説・昔話を網羅する。第一節は高山掃部長者と松浦佐用姫の物語で、薬師如来本地松浦佐夜姫誕生記、高山掃部長者竹生嶋弁財天胆沢物語、『南部叢書』所載の奥州胆沢高山実伝(高山稲荷の由来、嘉門長者の妻が嫉妬で大蛇に化し止々井の大堤に隠れて人を害し、美女を牲に供える年番が定められ、遠州小夜の中山から小夜姫が身売りして奥州に下り、牲に上るが神明仏陀の冥助で害を免れ大蛇の骨角を埋葬、潟岸薬師・諏訪明神を祀る)など複数の版と考証を収める。
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