丹頂鶴を射た狩人の祟り
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どんな伝承か
昔、小山二の台に百発百中の狩人が住んでいた。獲物に恵まれて生活は豊かになったが、心は高慢になり、近所の者も交わろうとしなくなった。ある日、女神の化身として捕ることを戒められていた丹頂の鶴を射落とし、得意になって近所に見せて回る。翌朝から母・妻・三人の子がそろって腹を痛め、鶴を調合して飲ませても悪くなるばかりで、七日目には死人同様になった。占い師に見せると丹頂の鶴の祟りとの卦が出、土地を仕切って柳を植え、鶴の霊を弔ったところ一家は回復した。のちに近所の人々が鶴供養の塔を建てたと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗))
岩手県胆沢町の伝説・昔話を網羅する。第一節は高山掃部長者と松浦佐用姫の物語で、薬師如来本地松浦佐夜姫誕生記、高山掃部長者竹生嶋弁財天胆沢物語、『南部叢書』所載の奥州胆沢高山実伝(高山稲荷の由来、嘉門長者の妻が嫉妬で大蛇に化し止々井の大堤に隠れて人を害し、美女を牲に供える年番が定められ、遠州小夜の中山から小夜姫が身売りして奥州に下り、牲に上るが神明仏陀の冥助で害を免れ大蛇の骨角を埋葬、潟岸薬師・諏訪明神を祀る)など複数の版と考証を収める。
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