大蛇を潟岸諏訪明神と祭る約定
どんな伝承か
高山嘉門長者の妻は数多の下部を責め使い、夫を害して屋形を焼き、大蛇と化して止々井の堤に隠れ、人を害するようになった。弘安二年四月七日、伊沢の郡司右兵衛尉義実がこの由を近隣の庄屋地頭に触れ、折居小次郎や寝牛の冠者ら十余人が集まって評議した。そこへ堤の大蛇が民家に押し入って人を害したと注進があり、一同は人数を率いて止々井の大堤へ向かった。沼の真中には総身が青く、満月のような眼を光らせ紅の舌を出す大蛇がいた。寝牛の冠者が進み出て改心を説くと、大蛇は自らを潟岸諏訪明神として祭り、毎年八月十五日巳の刻に美女一人を牲に供えるなら人を害さないと望みを述べ、黒雲とともに姿を消した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史)
『胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説』は、胆沢町の町史民俗編の一冊のうち、第四章「口承・伝説」を収めたものである。第一節は松浦佐用姫と高山掃部長者の伝説を扱い、胆沢・水沢周辺の伝説地を列挙したうえで、町内に伝わる佐夜姫の本地物の写本や『南部叢書』所載の「奥州胆沢高山実伝」を翻刻する。第二節「いさわの昔話」は大蛇・狐・むじな・飢饉・戦後の怪異などの話を番号順に並べ、第三節「いろいろな昔話」へと続く。