鶴の祟りと蜂谷定国の供養塔
広告枠(AdSense)
どんな伝承か
小山二の台に住む猟師が丹頂の鶴を射落とすと、翌朝から一家六人が腹を病んで苦しんだ。占いは鶴の祟りと告げ、土地を仕切って柳を植え供養を営めと示した。近隣の者が神官と僧を頼んで供養すると病は癒え、猟師は猟をやめて改心した。この鶴供養には別の伝えもある。甲州武田の遺臣蜂谷冠者定国が小山の鞍骨に館を築いていた頃、鞍骨堤で丹頂の鶴の夫婦を射たところ、放った矢が愛娘の胸を貫いた。定国は鶴の祟りと悟り、二の台に鶴を葬って供養塔を建てたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗))
岩手県胆沢町の伝説・昔話を網羅する。第一節は高山掃部長者と松浦佐用姫の物語で、薬師如来本地松浦佐夜姫誕生記、高山掃部長者竹生嶋弁財天胆沢物語、『南部叢書』所載の奥州胆沢高山実伝(高山稲荷の由来、嘉門長者の妻が嫉妬で大蛇に化し止々井の大堤に隠れて人を害し、美女を牲に供える年番が定められ、遠州小夜の中山から小夜姫が身売りして奥州に下り、牲に上るが神明仏陀の冥助で害を免れ大蛇の骨角を埋葬、潟岸薬師・諏訪明神を祀る)など複数の版と考証を収める。
種別から探す
奥州市の伝承
広告枠(AdSense)