膝を癒した徳岡八幡の仁王像
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どんな伝承か
大袋に腕の優れた大工がいた。衣川の士族の家を請け負ったが、棟上げの宴で主人に妻との密通を疑われて殴られ、二度と大工道具を持たぬと約して郷に引っ込んだ。数年後、密通は金に困った主人の狂言であったと噂に聞いても、彼は約束を守って戻らなかった。やがて右膝に激痛が起こり、医者に切断を告げられる。彼は徳岡の八幡堂に一年通って祈願を続けた。ある日、社前で眠り込み、目を覚ますと右足が軽くなっていた。全快の礼に仁王像を彫って八幡神社に奉納し、像は明治初めに忠功寺へ移されたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗))
岩手県胆沢町の伝説・昔話を網羅する。第一節は高山掃部長者と松浦佐用姫の物語で、薬師如来本地松浦佐夜姫誕生記、高山掃部長者竹生嶋弁財天胆沢物語、『南部叢書』所載の奥州胆沢高山実伝(高山稲荷の由来、嘉門長者の妻が嫉妬で大蛇に化し止々井の大堤に隠れて人を害し、美女を牲に供える年番が定められ、遠州小夜の中山から小夜姫が身売りして奥州に下り、牲に上るが神明仏陀の冥助で害を免れ大蛇の骨角を埋葬、潟岸薬師・諏訪明神を祀る)など複数の版と考証を収める。
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