生霊に憑かれた姉と二夜三日の大祈禱
どんな伝承か
万蔵の訴状によれば、西国巡礼の帰りに姉のよしが道連れの美青年と親しくなり、隠岐に来たら女房になろうと戯れに約束したことがあった。隠岐へ帰国して二年ばかり経つと、よしは血の道の病にとりつかれ、一向によくならず次第に衰弱していった。父の利平太が海前寺で占ってもらうと、約束を守られなかった男の生霊がよしの身に憑いて祟っているとの託宣であった。利平太はすぐ生霊排除の祈禱を頼み、さらに大祈禱や大神楽まで願ったが効き目がない。そこで別府村の宇野石見・宇野市区・祈家藤間の三人に頼み、二夜三日にわたる大祈禱をしてもらったところ、不思議とよしの病気は快方に向かい、家内一同大いに喜び合った。
原典より
そこで、別府村の宇野石見殿、宇野市区殿、祈家藤間殿の御三人にお願いして、二夜三日に亘る大祈禱をしていただいたところ、不思議とよしの病気が快方に向いましたので、家内一同安心し、大變喜びあいました。—— 憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・1953年(昭和28年)初版・1956年(昭和31年)新版) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・1953年(昭和28年)初版・1956年(昭和31年)新版)
『憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)』は、速水保孝が昭和二十八年に著し、昭和三十一年に書き加えて新版とした研究書である。出雲・隠岐を中心とする山陰の狐持ちなど、家筋に結びつけられた憑きもの迷信を、法務局が扱った人権事件、藩の触書や村の古文書、加茂町の世帯調査から集めている。狐持ちの家に生まれた著者の体験から説き起こし、江戸中期以降の新興地主への反感に起こりを求める。柳田国男が序を寄せている。