福原の清盛邸に満ちた髑髏の大目
どんな伝承か
『平家物語』第五の「物怪之沙汰」によれば、平家が福原へ都を移したころのある朝、清盛の邸の中庭に数知れぬ髑髏があふれ出し、上になり下になりして絡み合った。やがて髑髏はひとかたまりになり、中庭を埋めるほどの、高さ十四、五丈もの山のようになった。その一つの大きな頭には、生きた人のような大きな目が千も万も現れ、入道相国をにらみつけて瞬きもしなかった。清盛が少しも騒がずにらみ返すと、髑髏は日に当たった露や霜のように消え失せたという。鳥山石燕はこの場面を目競という妖怪の絵にした。
原典より
それら〈もっけ〉のしゃれこうべたちは、平家の福原遷都のある朝、清盛の邸の中庭に満ち溢れながらあらわれ、たがいに上になり下になりしてからめきあっていたのだという。—— にっぽん妖怪の謎(阿部正路・阿部正路・妖怪学・1992年(平成4年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
にっぽん妖怪の謎(阿部正路・阿部正路・妖怪学・1992年(平成4年))
『にっぽん妖怪の謎』は、阿部正路が平成四年に著した日本の妖怪論である。神の零落した姿としての妖怪という見方から、記紀や『今昔物語集』『太平記』、西鶴や『耳袋』、鳥山石燕の画図、近代文学や漫画までを引き、鬼・天狗・河童・狐・蛇・鵼などの出現と変遷を論じる。五章に分け、魔女・妖精・吸血鬼など外国の妖怪を扱う十篇のコラムを挟み、あとがきでは秋田の将軍野に生まれ柳田国男・折口信夫の門流につながる著者の来歴を語る。