女装の王仁三郎が渡った神島の島開き
どんな伝承か
一九一六年、教団を皇道大本と改めた王仁三郎は、六月に神島開きを行った。神島は家島諸島の東端にある上島という無人の小島で、丸く伏せた形からほうらく島、牛島とも呼ばれ、島そのものが古くから信仰されていた。王仁三郎は神示でこの島に坤の金神の分霊が鎮まると知ったといい、二十五日、直日や大二ら六十人で三隻の船に分乗して上陸した。乗船の際には長い髪を垂らし、帯を前で結ぶ女装をして、男の体に女の魂を宿す変性女子であることを示した。高所の平地を斎場と定め、自生の竹と火縄で弓矢を作って艮と坤の空を射る型を演じ、持参した祠に坤の金神を祀ったという。
原典より
六月二十五日、王仁三郎は、直日、大二ら総勢六十名で三隻の船に分乗して神島に上陸した。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。