十六月を胎に経て生まれた酒顚童子
どんな伝承か
酒顚童子は蒲原郡の砂子塚村の人で、父母の姓名は分からない。母の胎に十六か月おり、産むと同時に母は死んだ。生まれてすぐ歩き物を言ったので父は忌み嫌って野に捨てたが、虎狼も害さず日を経ても死ななかったため連れ帰って育てた。八歳で和納の楞厳寺に学んだが乱暴で郷党に容れられず、父は国上寺の侍童に出す。長じて身の丈八尺余、万人にまさる力を持ち、寺僧に放たれて国上山中の東稲場の深谷に棲み、谷水と木の実だけで数年かけて妖術を修めた。のち丹波の大江山に城を築いて茨木童子を置き、自らは丹後千丈岳の洞窟に拠って二州を荒らし、正暦元年三月、源頼光と藤原保昌に討たれた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第3巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第3巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全65話(山形・福島・新潟)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。