神歌に導かれた波瀬御所の始まり
どんな伝承か
『波瀬一濫記』が記す波瀬御所の由来である。先祖は小松維盛の嫡男で、文覚上人の弟子妙覚といい、勢州一志郡の日神へ落ちて来た。伊勢大神宮へ寺岡源内兵衛武秀・文覚・斎藤重秋が参詣して七日の願をこめたところ、満願の夜半に神歌による告げがあり、目覚めると葵の葉と桔梗の花があったので喜んで日神に住んだという。文治五年五月、鎌倉方の板場五十子充益が攻め寄せたのを武秀が討ち取った。のち文覚は日神山に師弟の石碑を立てて敵を欺き、波瀬へ移って南の山辺を山羽と呼び、そこに住まいを構えたと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。