重畳山の麓に残る蒔かずの稲田
どんな伝承か
和歌山県、西向村古田の尽きるあたり、重畳山の岩根に接して一軒の離れ屋がある。この白石家に近い一歩の田は、古来、種を蒔かずして稔る不思議な仏縁を持つ田であると伝えられてきた。弘化元年の春まだ浅い二月半ば、朝の支度をしていた白石家の軒端に、一人の旅僧が立った。破れた衣をまとってはいたが、その面もちには遍照の光の相があり、温かな威を備えていた。当主の新兵衛友綱は仏道の信仰が厚く、旅僧の誦する経文に心を動かされて、粗末な家ながら一夜の宿をと招き入れた。僧は善根を賞讃し、一家はあらん限りに労った。折を得ては仏道の奥底を聞き、般若波羅蜜多心経の講義も受けたという。この旅僧こそ、空海弘法の前身であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第9巻』は、日本伝説大系編集委員会が編んだ伝説資料集の一巻である。三重・奈良・和歌山・大阪の各地に伝わる伝説を、三輪山・安珍清姫・弘法清水・油掛け地蔵など百余りの話型ごとに集める。各話型は例話を冒頭に据えて『日本伝説名彙』などとの対応を示し、〔類話〕に伝承地と出典つきの梗概を並べ、〔文献〕に近世以前の史料の原文を添えて補う構成をとる。