常盤の死と若林の十三塚
どんな伝承か
戦国のころ、世田谷城主吉良頼康の愛妾常盤は、奥沢城主大平出羽守の娘であった。寵愛が衰えて自ら命を絶ち、その亡骸を埋めた場所に松が植えられ、常盤の松と呼ばれた。頼康には十二人の妾がいて、常盤ばかりが寵を受け身重になったのを妬んで讒言したが、常盤の死後に罪状が明らかとなり、若林のあたりへ引き出されて残らず処刑された。常盤の塚を含め、若林から駒留八幡社のほとりにかけて十三の塚が築かれ、そこに骸が埋められた。今もその辺りを十三塚と呼ぶが、跡ははっきりしない。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第5巻』は、叢書「日本伝説大系」の一巻をなす伝説資料集である。埼玉・千葉・東京・神奈川・山梨の伝説を扱い、二つの太陽、蹴裂明神、ダイダラボッチ、平将門、源頼朝、豪徳寺の招き猫、黒塚、山の背競べ、親捨てなどの話ごとに、口承を重んじて選んだ例話を掲げる。各項は例話に〔類話〕〔文献〕〔参考〕を添え、類話は伝承地ごとに梗概で示し、文献は近世以後の史料を原文で抄出し、柳田・高木の分類による話型名を併記する。