法勝寺に残る俊寛のがまの化石
どんな伝承か
俊寛僧都は鬼界島から逃れてこの嘉瀬の地に住んでいたと伝えられ、その墓は法勝寺にあるという。僧都を介抱した家僕の有王と亀王の墓も、法勝寺から東北へ二丁ほど離れた田の中の、小高い空地にあるとされる。鬼界島にいたころ、僧都は一匹の大きながまを慰みに暮らしたといい、これを連れて法勝寺へ逃れてきた。僧都の死後すぐにがまも死んで化石となり、雨の降る夜には悲しげに鳴いたので、寺の住職が投げつけて足が一本折れたと伝わる。
原典より
俊寛僧都が鬼界島から逃れて此の地にきて住んでをつたといふ。—— 日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。