白狐の報復と三条目山の稲荷
どんな伝承か
三条目山の麓に稲荷堂がある。今は荒れ果てているが、次の言い伝えが残る。明和四年、上野国小幡城主の織田信浮が高畠へ移封され、天保元年までこの地にあった。在城のある年、織田氏が家来多数と巻狩を行い、夫婦の白狐を狩り立てて牝狐を捕え殺した。これを聞いた村の佐竹五兵工が狐の霊を慰めるため小祠を建てて祀った。のちにこの祠堂に灯明をともして祈ると、どこからか牡の白狐が現れて灯明をくわえて走り、たちまち高畠の方から火の手が上がった。牝狐を殺された恨みによる報復で、高島城に火を放ったのだという。同様のことが三度に及び、織田家はついに天童へ移ったと伝える。
原典より
三条目山麓に稲荷堂があります。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。