文珠堂参道に立つ義人の供養碑
どんな伝承か
文珠堂の山道を、鬱蒼とした杉並木の間を登っていくと、突き当りに嗽場がある。唐金の製品であったが第二次大戦のとき供出され、あとに仮の嗽場が置かれた。その下、参道の右側に高さ八尺の供養碑が一基立ち、「南無阿彌陀仏極悪人他方便」の十二字が刻まれている。裏面には「安永七歳戊戌七月導師当山三十八世宥長念佛講中九百余建之」とある。これは屋代郷の義人として二井宿の一の坂で磔刑に処せられた高梨利右エ門の供養碑であると伝えられる。郷内では利右エ門を供養するため毎年念仏講を組織し、村々に幟を立てて念仏を唱え、文珠堂で大念仏を行った。明治の初年までは百人講というものがあり、年中行事の一つとして行われていたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(昭和三十二年(1957)刊/高島高校文芸班編)
山形県東置賜郡高畠町(屋代・亀岡・和田・二井宿・糠野目・高安・露藤ほか各地区。一部は隣接の米沢市・南陽市宮内・長井市)に伝わる伝説を、神仏/人物/怪異/動物/什物/地物/地名/地誌 の八篇に分類して集成する。屋代神社の鬼女縁起、犬の宮・猫の宮、安久津八幡、狐狸むじなの化かし、天狗・怪物・沼の怪、青葉の笛や応挙の幽霊画、伊達・上杉の城館跡や古戦場、地名由来など、高畠の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を地区つきで網羅する。