石燈籠を奉納した嘆願の十六人
どんな伝承か
文久三年十一月二十日、屋代郷の人々は大願成就を願って白石城下の妙見に石燈籠を奉納し、翌元治元年三月九日には仙台の塩釜神社へ大燈籠一基を奉納した。建立費は今日の三万三千円ほどで、石工は藤倉五郎兵工であったという。やがて貫徹祈願のため騒いだ罪人の代表として、屋代郷から金原村庄左ヱ門ほか十五名が嘆願の罪で召し捕えられ、米沢の元籠町の牢から松板の駕籠に乗せられて江戸へ送られた。慶応元年二月のことで、十七日には名主・百姓・親子兄弟・親族知己のことごとくが見送りに出たという。一行は江戸の伝馬町の牢に入れられ、さらに品川へ移され、十六人のうち亀岡の大助だけを残して十五人は毒殺されたと伝えられる。
原典より
文久三年十一月二十日、屋代郷の人々は大願成就を願い、白石城下の妙見さまに石燈籠を奉納しました。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。