どぶすまのどさりと数馬壇のがさっ
どんな伝承か
入生田部落の数馬小屋に、俗にどぶすまと呼ばれる所がある。今は糠野目駅から亀岡へ新道が開かれて県道となったが、百五十年前はたいそう寂しい場所であった。元祿の頃は後藤伴三郎・数馬將監・伊藤半右工門の三軒があるだけで、周りには濠がめぐらされ、葦が茂り古木が立つ薄暗い所であったという。百年ほど前、部落の某が亀岡まで用足しに行った帰り、どぶすまにさしかかると、目の前でどさっと物の落ちる気配がした。驚いて逃げ帰った。以来そこを通る人が同じ物音を聞くので、どぶすまのどさりの怪と恐れられた。糸引部落の東方にある数馬家の墳墓は数馬壇と呼ばれ、夜そこを通るとがさっという異様な音がしたので、好一対の不思議とされた。
原典より
入生田部落の数衛小屋に、俗に「どぶすま」と云う所があります。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。