経塚と伝わる街道端の二つ塚
どんな伝承か
露藤の西、福沢江堀の付近に、道を挟んで東に高さ約五メートル・直径約四メートルの円形の塚、西に高さ約四メートル・直径約五メートルの円形の塚がある。村の古文書には古塚とだけ記されているが、村人は「二つ塚」と呼んでいる。この付近は露藤部落から百二十メートルほど離れ、中央の街道は往時の江戸街道で、夏刈方面から福沢・入生田・露藤を通って新田へ出る道であったらしい。街道の西方にも集落があったことは、藤吾在家・八郎在家・古屋敷・鍛冶野・札塚などの地名や、白髪大明神・観音堂・円覚坊などの名から知られる。二つ塚は熊野権現の経を埋めた経塚だろうという説もあり、露藤八景の一つにも数えられている。
原典より
今から百二十年ばかり前のことですが、露藤辺りに恐ろしい狼が住んでいたと云われています。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。