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鐘ヶ城とも呼ばれた高畠城の変遷

所在地山形県東置賜郡高畠町大字高畠(高畠城)
年代安元年間〜明和四年
登場河田次郎兼衡、長井時広、伊達政宗、織田八十八、樋爪五郎季衡、浜田常方、春日右工門元忠、築城を命じた者、長井時広の臣・城主、上杉氏の城代
出典高畠町伝説集

どんな伝承か

高畠城は鐘の形をしているというので鐘ヶ城と称した。その始めは、安元年間に樋爪五郎季衡の命によって河田次郎兼衡が築城したと言われる。その後、暦仁元年に長井時広に滅ぼされ、その臣浜田常方が入り、弟の為衡、孫の照衡・基光・広明と五代続いた。至徳二年、伊達政宗が伊達・信夫より置賜へ進出したため滅ぼされ、広明の子広忠は政宗の家臣となって和田稲子の館に移った。明徳二年九月に政宗が城を大いに修理し、翌三年に入城して氏宗・持宗・成宗まで四代居城した。明和四年には織田八十八が小幡から移封され、五か村を併せて一万石を賜った。文政年中に織田氏が天童へ移った後は小梁川泥藩が入った。

原典より

高畠城は鐘の形をしているというので鐘ヶ城と称しました。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))

『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。

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