入生田往来を残した漢学者近野蘭溪
どんな伝承か
近野蘭溪は亀岡村大字亀岡の人で、天保年間の漢学者であった。自宅に子供を集める寺子屋を開き、漢学と算法、習字を教え、千字文・庭訓往来・百姓往来・商売往来から日本外史・四書五経までを授けたという。蘭溪は雅号で、名を奈祐充福といった。入生田往来・船橋往来、入生田八景を創作して子供に教え、いずれも当時の美文で書かれている。入生田往来は月館・桐屋敷・砂田・新館・高橋・石堰・中屋敷など土地の小名を詠み込んだもので、蘭溪の碑は弟子たちが建て、入生田の円福寺境内に残っている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。