鶴間の地名由来
どんな伝承か
大和市下鶴間の浅間神社には、義経が埋めた財宝があるといい伝えられている。腰越の万福寺で腰越状を書いて頼朝の許しを求めながら、会ってももらえず京へ追い帰されるとき、傷心の義経はこの下鶴間を通った。浅間神社の境内で一休みして空を見上げると、一羽の鶴が鎌倉を目指して飛んで行くのが見えた。義経は、あの鶴はなつかしい鎌倉へ行くが自分は二度とあの地の土を踏むことはないだろうと言い、頼朝への土産の金銀財宝を境内に埋めて去ったという。埋めた場所は、朝日があたって夕日が映えスズメがチュンとなくところ、という土地の歌の謎を解けばわかるという。鶴間の名は、この時義経が「鶴が舞う」と言ったのが起こりとも伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の史実と伝説(小森良章・昭和五十年(1975)刊)
小森良章『神奈川の史実と伝説』(昭和50年=1975刊)を、史実につながる伝説十一篇を節単位で全59事例として収録。