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石楯尾神社の禰宜の娘

所在地神奈川県相模原市緑区大島下大島(白森稲荷)
年代江戸時代
登場おそよ、石楯尾神社の神官の娘
出典神奈川の伝説

どんな伝承か

相模原の大島では四月二十六日の夜を茶摘み正月といい、対岸の小倉の人々と行き来する習わしがあった。大島の石楯尾神社の神官には、おそよという評判の器量よしの娘がいた。おそよは小倉の名主の息子と名のる若者と恋仲になり、男は毎夜相模川を渡って通ってきたが、やがておそよは身ごもった。母が小倉を訪ねてもそんな息子はおらず、産婆に相談すると、糸巻きの糸の先に針をつけて持たせよと教えられた。その夜おそよが針を男の羽織の襟に刺すと、男は恐ろしい目でにらんで地響きとともに消えた。糸をたどると下大島の白森稲荷わきの椎の木のうろに入っており、翌朝中を見ると大蛇が死んでいた。おそよは尼になったという。

原典より

相模原市大島は相模川沿いに細く伸びた地域で、うっそうとした木立ちとクワ畑の中に四、五軒ずつ民家が点在する。—— 神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年))

『神奈川の伝説』は、読売新聞社横浜支局が一九六七年に編んだ神奈川県内の伝説集である。読売新聞神奈川県民版に昭和四十年九月から四十二年八月まで八十回連載された「神奈川の伝説」のうち六十五回分を収め、文は谷川平夫記者が書き、伝説の地を訪ねて住職や古老に聞いた話と現在の様子を添える。樹木・石・塚・水・坂や島・屋敷址・社寺・禁忌・地名の部に話を分け、大藤時彦の序文と巻末の解説・索引を付ける。

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