範頼の墓と経石・人骨
どんな伝承か
源範頼の最期の地と伝わる大寧寺は、もと横浜市金沢区六浦町の、のちに関東学院大学の敷地となった場所にあった。昭和十八年、そこに工場を建てることになって寺が今の場所へ移った際、範頼を葬ったと伝える裏山を崩すと、鎌倉時代のものとされる甕棺が見つかった。中には膝を抱えた人骨が納まり、周りには経文を一字ずつ書いた小石が三百数十個敷き詰められ、両脇の土からは甕を守るように計四体の骨が出た。貴人の葬り方とみて、立ち会った人々は範頼の墓、四体は殉じた家来と推し量った。近くには山のしずくがたまる小さな井戸があり、範頼の首洗い井戸と呼ばれていたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年))
『神奈川の伝説』は、読売新聞社横浜支局が一九六七年に編んだ神奈川県内の伝説集である。読売新聞神奈川県民版に昭和四十年九月から四十二年八月まで八十回連載された「神奈川の伝説」のうち六十五回分を収め、文は谷川平夫記者が書き、伝説の地を訪ねて住職や古老に聞いた話と現在の様子を添える。樹木・石・塚・水・坂や島・屋敷址・社寺・禁忌・地名の部に話を分け、大藤時彦の序文と巻末の解説・索引を付ける。