奥方が船頭に笄を与えた笄の渡
どんな伝承か
苅屋原の七不思議のうち、見出しの抜けた二つ目とみられる話。葛尾城が落ちた夜、千曲川のほとりまで逃れてきた村上義清の奥方たちは、川を渡って落ちのびようと、舟と船頭を探して事情を打ち明けた。船頭は快く引き受け、一行を無事に対岸の力石まで送り届けた。奥方はその忠勤を喜んだが、礼に渡す持ち合わせがなかったため、髪に挿していた笄を抜いて与えた。このことからこの渡し場は笄の渡と呼ばれるようになったという。俗にもぐり橋と呼ばれた笄橋のあたりがその場所である。
原典より
奥方はその忠勤を喜び、お礼と思ったが持ち合わせがなかったので、髪にさしていた笄を抜いて贈った。—— 信州七不思議(降幡利治・1984年(昭和59年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
信州七不思議(降幡利治・1984年(昭和59年))
『信州七不思議』は、降幡利治が昭和五十九年に著した信州各地の七不思議を集めた本である。諏訪大社上社と下社の御神渡りや筒粥に始まり、松原湖、生島足島神社、川中島古戦場、志賀高原、浄光寺、雲上寺、立石など県内各地に伝わる七不思議を、町村誌などの資料と聞き取りをもとに記す。各地の七つの事柄を箇条に掲げて関わる社寺や史跡の解説を添えるガイド風の構成で、序では越後の人が信州人の気質を評した七不思議を紹介する。