石室で鈴を手に果てた竜波和尚
どんな伝承か
旧吉田町久長の天徳寺裏山の墓地に、板石六枚を組んだ箱形の墓があり、九代目住職高琳竜波和尚の墓とされる。和尚はある日近所の人々を集めて墓所に石室を作ってほしいと頼み、何のためかと問われると自分が入るのだと答えた。石室ができると鈴を手に中へ入って経を読み続け、数日後の朝に鈴の音が絶えたので村人がのぞくと、座ったまま冷たくなっていたという。井上村の源内と万松寺をめぐって争い、その祈願のため、あるいは敗れて源内を祈り殺すためともいわれるが、和尚は争論の八年後の元禄十六年に没しており、編者は行人塚の伝説と結びついた話と見ている。
原典より
石室ができると和尚は、鈴を手にしてその中にはいり、ひたすら読経を続けた。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。