下駄ばきで男鹿の山に登った内田伯
どんな伝承か
中央線の二等車に一人でおさまっていると、枢密院の内田伯が入って来られた。近頃歩いた土地の名を並べて風景の話をすると、男鹿なら僕も行ったことがあるよと言われた。もっともそれは四十三年ほど前のことで、当節は汽車ができたそうだが終点は何という町かなどと言っている。まだ学校にいた時分、病気の町田を引っぱり出しに出かけ、その家に世話になっている間に一人で男鹿へ遊びに行き、山は三つとも登ったという。途中までは会津に帰る林権助も一緒であった。草鞋を履かない主義で本山にも下駄ばきで登り、山では路がわからなくなり、里に下りても女たちに何を尋ねても一言も通じなかったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。