佐渡のホイトと浅葱色の筒袋
どんな伝承か
佐渡にはホイトと呼ばれる漂泊民が土着しており、両津の南端の住吉社の傍に十数戸、その他相川・河原田・小倉・赤泊柳澤などにも住んでいた。ホイトの四十八職という言葉が伝わり、現在は鋳物師(懸屋)、蝙蝠傘の直し、屑物買いなどをするという。浅葱色の風呂敷を筒に縫って中程を綴じ袋にしたものを斜めに掛けているのが目印とされ、関東東海のサンカが持つスマ袋と同系統の作りではないかと考えられている。住吉社の脇に住む者は普通スミヨシと呼ばれるがやはりホイトで、その中の物持ちは半兵衛といい、金を貸していたという。
原典より
しかし少なくとも一つの特徴は淺葱色の風呂敷を筒に縫って、その中程を綴ぢて袋にしたのを、携へて居るから知れると言つた。—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。