八百比丘尼が植えたと伝わる椿原
どんな伝承か
日本海に面した寒い国々、たとえば越中や能登の椿原は、若狭の八百比丘尼という非常に長命な女性が国々を巡って植えたものだと語り継がれている。この尼にまつわる遺跡は、東は会津、西は中国・四国にまで及ぶといい、木を携えて宮や寺の前に植えていったという話が各地に共通して伝わっている。木には杉や銀杏もあったというが、若狭小浜の本元の寺にある比丘尼の木像は、手に白玉椿の小枝を持った姿をしているという。
原典より
其木には杉もあり、又銀杏もありますが、若狭の小濱の本元の寺にある比丘尼の木像は、手に白玉椿の小枝を持つて居るのであります。—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。