十二所の町で見た鎌倉焼きの式
どんな伝承か
享和三年の春、真澄は阿仁から出て来て北秋田郡の大滝の温泉に居た。その折の日記は芒の出湯といい、湯の町へ出て来る色々の物売りや伎芸の徒の歌詞が多く載せてある。正月十四日には十二所の町に行って鎌倉焼きの式を見物した。この晩から小正月の年越が改めて繰り返され、若水年男の作法、臼や鍋や農具の年取りなど、厳重なことは元旦に劣らなかった。二十日は目出しの祝といって、その前後に若者や娘たちの寄合があった。巫女は十七日に家々を廻って神を拝し、また世の中の吉凶を占ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。