十二所の町で見た鎌倉焼きの式
どんな伝承か
享和三年の春、真澄は阿仁から出て来て北秋田郡の大滝の温泉に居た。その折の日記は芒の出湯といい、湯の町へ出て来る色々の物売りや伎芸の徒の歌詞が多く載せてある。正月十四日には十二所の町に行って鎌倉焼きの式を見物した。この晩から小正月の年越が改めて繰り返され、若水年男の作法、臼や鍋や農具の年取りなど、厳重なことは元旦に劣らなかった。二十日は目出しの祝といって、その前後に若者や娘たちの寄合があった。巫女は十七日に家々を廻って神を拝し、また世の中の吉凶を占ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第2巻』を全331話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。