米子で見た頭が赤子のままの子
どんな伝承か
六月六日、雨。柳田は朝七時半ごろ出発し、浜温海まで出て同伴者と別れた。ここから豊浦村三瀬までは磯山沿いの路である。その途中、米子という処で、鼠のような片端の子を見た。十四、五歳になるが頭は赤子のままだと車屋が語ったという。さらに五十川を過ぎ、三瀬で車を替えて峠路にかかった。頂上からは鳥海山が見え、庄内の平野に出ると月山も望まれた。里は田植えの盛りで、女たちは黒い布で顔を包んで歩き、これを加賀帽子と呼んでいた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第3巻』は、柳田国男の紀行・日記・随筆を集めた著作集の一巻である。相模・武蔵の村々を歩いた「水曜手帖」、昭和二十三年八月の自序を持つ「北国紀行」、明治四十三年の「五十年前の伊豆日記」、国際聯盟の委任統治委員会に勤めた大正十一年の「瑞西日記」と「ジュネーブの思ひ出 その他」を収める。後半の「菅江真澄」は昭和十七年二月の序を付け、真澄の著述と旅の跡を年を追ってたどり、写真解説を添える。