赤松谷の木地挽きと半田塗の由緒
どんな伝承か
阿波では美馬郡一宇村の赤松谷に住んだ小椋六三郎・幸太郎・吉蔵らが、百年前の江州小椋村で知られていた。「甲子夜話続編」五十一に、徳島城下から西南三十里、半田からも十八里、剣山の奥に住む木地挽きとあるのは、これとはまた別の地であったろう。とにかく山中の多くの木地師が中心と頼んでいたのは半田村の半田塗で、その本家は大久保耕太郎氏であった。この家にも元亀三年の綸旨、すなわち小野宮社務に宛てた一通を伝え、ほぼその頃に近江筒井峠の麓から移って来たと称する。祖谷をはじめ剣山山彙には平家谷の話が多いから、こうした年代が口にされるのも至って自然なことだと柳田は述べる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第4巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第4巻』は、柳田国男の著作を集めた定本の一巻である。岩手県遠野の伝承を佐々木鏡石から聞いて書いた「遠野物語」、山に入った人や神隠しを論じた「山の人生」、河童・ひだる神・一つ目小僧・天狗などを扱い妖怪名彙を付す「妖怪談義」を収める。ほかに「山人考」「史料としての傳説」「比丘尼石の話」「山人外傳資料」「『イタカ』及び『サンカ』」「山民の生活」など、山人・漂泊民・妖怪をめぐる論考を併せる。