高原の惟喬親王御所跡と桂氏の系譜
どんな伝承か
吉野郡川上村大字高原の住民が、自ら信じ、また人に信じさせようとしている旧記がある。「吉野名勝誌」によれば、高原には今も惟喬親王の御所跡と称する一地がある。井光の伊藤某氏の家には、その由来を記した「桂上田両家起立系譜」という文書があり、聖武帝の臣に船手大臣という者があって木地を司る元祖となり、その裔が近江国君ヶ畑の在家に養子となって後に木地師の司に任じられたとある。惟喬親王は吉野に入り住まわれた後、君ヶ畑に赴いて九年留まり、のち再び高原に還られ、桂将監が供をしたという。また一通の文書には、親王は貞観九年八月九日に吉野の井氏の宅へ移り、井氏の女を召して御子があり高胤といい、後に井氏を嗣いで吉野の首長となったとある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第4巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第4巻』は、柳田国男の著作を集めた定本の一巻である。岩手県遠野の伝承を佐々木鏡石から聞いて書いた「遠野物語」、山に入った人や神隠しを論じた「山の人生」、河童・ひだる神・一つ目小僧・天狗などを扱い妖怪名彙を付す「妖怪談義」を収める。ほかに「山人考」「史料としての傳説」「比丘尼石の話」「山人外傳資料」「『イタカ』及び『サンカ』」「山民の生活」など、山人・漂泊民・妖怪をめぐる論考を併せる。