小川に沈んでいた美しい娘
どんな伝承か
ある朝、村人の一人が小川を覗いて死体を見つけ、大声で人を呼んだ。集まった村人が見ると、澄んだ流れの底に、胸を刺された若い美しい娘が黒髪を水に嬲らせて横たわっていた。どこの者とも分からぬまま、村人たちは死骸を水から引き揚げ、木立の彼方へ運んで葬ったという。その頃、南朝方の猛将として知られた新田義興は、鎌倉方の動静を探るためこの里の近くに潜んでいた。足利方の謀将畠山国清は、義貞の旧臣で義興と旧知の竹澤良衡に暗殺の策を授け、良衡は義興に取り入るため、京の御所に仕える「少将」と呼ぶ美少女を迎えて養女に仕立て、義興のもとへ送り込んだ。そして九月十三夜の月見の宴に義興主従を招き、勇士三百余人を館の内外に潜ませて討とうと謀ったのである。
原典より
『あれツー 何んだんべ?』・・・・・・朝の小川を何気なく覗いた村人の一人は、其所に意外な物を發見して頓狂な聲を出した。—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・昭和初期(1920年代~1930年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・昭和初期(1920年代~1930年代))