トップ神奈川県の伝承横浜市

箭が集中した箭畑

所在地神奈川県横浜市旭区鶴ケ峰箭畑
年代元久二年(皇紀1865年)
登場和尚、畠山重忠、北条義時、愛甲季隆、地元の伝承者、鶴ヶ峰合戦で討たれた武将、鎌倉勢の大将、重忠を待ち伏せた武将
出典行楽と史蹟の武蔵野

どんな伝承か

鶴ヶ峰には、畠山重忠とその一党を葬ったという六ツ塚があり、重忠は元久二年六月二十二日、従者百三十四人とともに北条時政の命による北条義時の三万の鎌倉勢とこの地で戦い、悲壮な最期を遂げたと記されている。堂守の和尚によれば、南の二俣川方面には北条軍が陣を張った万騎ヶ原があり、西の山裾には愛甲季隆が重忠の近づくのを待ったという「隠れ穴」、畑中には重忠の首を斬った場所という首塚、その首を洗った首洗井、重忠が地に挿した箭が篠竹になったという倒さ竹がある。そしてこの郷の小字に「箭畑」という名があり、それは激戦の際、鎌倉軍の射た箭が集中した場所だという。近くには重忠の夫人が駕籠の中で自害し、その駕籠のまま葬られたと伝える駕籠塚もある。

地図で位置を見る

※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・昭和初期(1920年代~1930年代))

種別から探す

地名由来合戦鶴ヶ峰駕籠塚

横浜市の伝承

同じ種別の伝承

同じ文献『行楽と史蹟の武蔵野』の伝承