龍造寺の飼い猫こまが祟った鍋島光茂
どんな伝承か
佐賀藩主の座が龍造寺家から鍋島家へ移ったのち、三代光茂の世に、龍造寺家の盲目の又一郎が光茂の碁の相手に招かれたまま戻らなかった。飼い猫のこまがその生首をくわえて帰ると、母お政の方はこまに自分の血を吸って鍋島に仇をなせと言い聞かせ、懐剣で自害した。以後、城では侍女が毎夜喉を裂かれて死に、光茂も原因の知れぬ病に伏す。近習頭小森半左衛門に命じられた槍の名人千布本右衛門は、警護の藩士が同じ刻に眠り込むのに気づき、愛妾お豊の方の看病の後に殿が苦しむのを見届けて、翌晩槍で突いた。夜が明けると、そこには五尺余りの大猫が倒れていたという。
原典より
そして人々の眼にうつったものは、槍を杖に、仁王立ちになった本右衛門と、何と、その足もとに横たわる五尺に余る大猫の、血ぬれた屍体であった。—— 日本の妖怪伝説(小笠好恵・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の妖怪伝説(小笠好恵・1966年(昭和41年))
『日本の妖怪伝説』は、小笠好恵が各地に伝わる奇談・怪談を読み物にまとめた伝説集で、序は昭和四十一年五月付である。浅茅が原の一つ家、四谷怪談、九尾の狐、安達が原の黒塚、道成寺、鍋島の化け猫など、岩手から熊本までの四十五話を、伝えられた形をなるべく崩さずに書き直し、おおむね東から西へ並べる。雨月物語や小泉八雲など書物に拠る話のほか近年の体験談も混じり、一部の話の末にはゆかりの寺社へ行く「順路」を付ける。