将棋に負けて生き埋めの光淋坊
どんな伝承か
昔、名主が光淋坊という和尚と、かけ将棋(かけ碁ともいう)をした。和尚は負けて生き埋めにされることになり、干柿一連と金の鈴を持ち、節を抜いた竹を息抜きに立てて穴に入った。二十四日間、百日ともいうが、その間は鈴の音が聞こえたという。この地を光淋壇といい、二本松市上太田の字桑窪山にある。光淋とは和尚の名とも、寺の名ともいう。上太田の三浦友伊の話として岩代町史に収められている。
原典より
昔、名主が光淋坊という和尚とかけ将棋(かけ碁ともいう)をしたが、和尚は負けて生き埋めにされることになった。—— 岩代町史 第4巻(岩代町) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
岩代町史 第4巻(岩代町)
岩代町編『岩代町史 第4巻』を全23話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。