嫁ぐ女を斬って腹を切った六郎の坂
どんな伝承か
北国分の腹切坂の名の由来と語られる話。昔の侍の切腹かどうかは分からないが、明治の何年か、米本の六郎という男にいい仲の女がいて嫁に貰うつもりでいた。ところが女は支度を整えてもらいながら、船橋の方だったか別の所へ嫁ぐことになった。今日その女がここを通ると知った男は、麦の穂が出る頃の麦畑に隠れて待ち伏せし、人力車で来た女をばっさり斬った。女は死んだと思い、男はその場で腹を切った。だが女は生き残り、語り手が子供の頃はまだ生きていたという。駐在は、人を殺して自分も死んだのは偉いと褒めたと伝わる。坂の途中で腹を切ったので腹切坂と呼ぶのだろうという。
原典より
15 地名由来 (1)〜(3)〔行徳・南行徳〕16 ごんたく坊さん (1)〜(2)17 相馬大作18 怒りっぺの荒神様19 大阪の落人20 ねね塚物語21 お経塚22 龍宮様と大蛇—— 市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年))
『市川の伝承民話 第1集』は、市川民話の会が昭和五十五年に編んだ民話の資料集である。市川市教育委員会の事業として昭和五十四年度に千葉県市川市の国分・北国分・行徳・南行徳で行った採訪調査のうち、テープ起こしを終えた語りを、方言も残して話者の息継ぎのままに記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部に分けて地区別に並べ、話末に話者・地区・記録者の名を添える。