ゲンバ見ろと叫んだごんたく坊の地蔵
どんな伝承か
ごんたく坊の話として行徳の女性たちが語る別伝。今は地蔵ができていて喉の神様といわれ、悪い風邪がはやると参る人が絶えない。昔は八幡様の脇にあったが、住職に夢知らせがあって今の場所に祀った。西の玄蕃に東のじゅうぜむと言われた家数の少ない頃、飲んだくれで暴れる坊主を持て余した村人が、海の方で穴を掘って生き埋めにすることに決めた。縄をつけて連れて行ったが誰も穴へ入れる手がなく、玄蕃の親父が面倒だと蹴り落とした。落ちた坊主が上を向いてゲンバ見ろと叫んだ顔は凄まじく、その後玄蕃の家の娘二人が比丘尼となって出たという。玄蕃の血筋は絶え、後に土地の人が供養し、女たちの名で塔婆が多く上がっている。
原典より
ごんたく坊さんの話なら知ってるよ。—— 市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年))
『市川の伝承民話 第1集』は、市川民話の会が昭和五十五年に編んだ民話の資料集である。市川市教育委員会の事業として昭和五十四年度に千葉県市川市の国分・北国分・行徳・南行徳で行った採訪調査のうち、テープ起こしを終えた語りを、方言も残して話者の息継ぎのままに記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部に分けて地区別に並べ、話末に話者・地区・記録者の名を添える。