お経塚に現れた生き仏慈潭和尚の姿
どんな伝承か
新井の三丁目にお経塚という石の塔があり、元禄十年に建てられたと前書きにいう。大正の頃、新井に峰崎栄蔵という先達がいて、毎朝五時に起きて水をかぶる行をしていた。ある朝、提灯を提げてお経塚で鈴を鳴らし一心に祈っていると、夜が白む頃に目の前の田んぼへ海水が寄せて海に変わり、墨染の衣に笠と杖の坊さんが現れてすっと消えた。田んぼは元に戻り、先達が新井寺の和尚に話すと、和尚は掛軸を持ち出した。そこに描かれていたのは今見た坊さんそっくりの、新井寺四世の慈潭和尚だった。慈潭は津波や洪水や悪病の折に大般若経六百巻を書き、蛤の貝殻に経文を記して埋めて祈った人で、生き仏と呼ばれた。その経文の巻物が今も吉野家に残る。
原典より
22 龍宮様と大蛇23 源心寺のいぼとり地蔵24 無縁仏の話25 海坊主26 お鹿狩と旗27 流れてきた御輿28 田中内匠と内匠堀—— 市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年))
『市川の伝承民話 第1集』は、市川民話の会が昭和五十五年に編んだ民話の資料集である。市川市教育委員会の事業として昭和五十四年度に千葉県市川市の国分・北国分・行徳・南行徳で行った採訪調査のうち、テープ起こしを終えた語りを、方言も残して話者の息継ぎのままに記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部に分けて地区別に並べ、話末に話者・地区・記録者の名を添える。