許婚の裏切りにじゅんさい池へ入水した百合姫
どんな伝承か
足利時代に千葉氏が二つに分かれて争ったとき、曽谷氏の三兄弟はその戦いで討死した。左衛門丞直繁の娘であった百合姫は、嫁ぐことになっていた相手が敵方についたことを知り、じゅんさい池に身を投げたと伝えられる。百合台の名は「寄居台」がなまったものだといい、また本来は入台で、百合の花が咲いていたから百合台になったのだともいう。
原典より
足利時代、千葉氏が二つに分かれて戦ったんだけど、曽谷氏の三兄弟はそん時戦死したんですよ。—— 市川の伝承民話 第2集(市川民話の会・市川の伝承民話・1981年(昭和56年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第2集(市川民話の会・市川の伝承民話・1981年(昭和56年))
『市川の伝承民話 第2集』は、市川民話の会が昭和五十六年に発行した民話資料集である。千葉県市川市の曽谷・宮久保・下貝塚と行徳の古老から聞き取った、狐や狢に化かされた話、火の玉、伝説、昔話、唄、暮らしの禁忌や苦労話を、方言を残した語り口のまま記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部を地区別に並べて各話の末に話者と記録者を記し、巻末に語り手の紹介、話者と採訪者の名簿、採訪記、あとがきを付す。